ドリームジャーニー
31戦9勝
有馬記念、宝塚記念
朝日杯FS
大阪杯、神戸新聞杯
小倉記念、朝日CC
『ドリジャ』の愛称で親しまれてきた。
この小柄な牡馬は、父ステイゴールドの名を大きく高めた孝行息子。
とはいえ、クラシック戦線は脇役の域を抜けることができなかった。
デビューから7戦目のダービーまで主戦は蛯名。
当初、朝日杯を勝つなどクラシックの主役はこの馬かと思われていた。
しかし…皐月8着、ダービー5着と結果は不本意なものであった。
ひと夏越えて秋。
鞍上には武豊がいた。
神戸新聞杯を快勝後、満を持して菊花賞に望むも結果は5着。
そして豊との関係は僅か4戦で解消となった。
08年夏。
ドリジャは「運命の人」池添を鞍上に迎える。
再起をはかった夏の小倉記念。
見事、復活の1着。
続く朝日CCも勝ち、連勝で秋天へ。
ここでは力及ばず10着も有馬記念は見せ場充分の4着の好走。
クラシックの脇役は最良のパートナーを得て、翌年への手ごたえを強く感じさせた。
09年、ついにドリジャの年が始まる。
初戦こそ落としたものの中山記念で実力の片鱗を見せ2着。
続く大阪杯では1着。
これからの活躍を感じさせる1戦だった。
そして春天3着を経て、迎えた宝塚記念。
ここでドリジャは1着となり、初戴冠を遂げる。
さらにはこの年の有馬記念でブエナビスタを退け、グランプリ連勝!
まさに絶頂であった。
しかし…活躍はこれ以上続かなかった。
脚部の不安にも悩まされ、10年以降は全く勝てなくなった。
引退までの6戦、オールカマーの2着が最高着順であり、あとは惨敗…。
この間、弟オルフェーヴルの活躍もあって、入替るように引退となった。
『闘争心がなくなった』
池江師のコメントにあるように、もう走りたくなかったのかもしれない。
「あとは弟に任せるよ」そんな言葉でも似合いそうな引き際であった。
種牡馬としてのドリジャにはどんな展開が待っているか?
フライト&タキオン兄弟と比較されそうだが、こちらは兄の引退が先。
父ステゴも高齢になっているし、種牡馬としての需要はあるはず。
まずは弟が参入してくるまでの間に土台を固めておくのが肝要か?
新たな「旅路」は始まったばかり。
これからの活躍に期待したいところだ。
31戦9勝
有馬記念、宝塚記念
朝日杯FS
大阪杯、神戸新聞杯
小倉記念、朝日CC
『ドリジャ』の愛称で親しまれてきた。
この小柄な牡馬は、父ステイゴールドの名を大きく高めた孝行息子。
とはいえ、クラシック戦線は脇役の域を抜けることができなかった。
デビューから7戦目のダービーまで主戦は蛯名。
当初、朝日杯を勝つなどクラシックの主役はこの馬かと思われていた。
しかし…皐月8着、ダービー5着と結果は不本意なものであった。
ひと夏越えて秋。
鞍上には武豊がいた。
神戸新聞杯を快勝後、満を持して菊花賞に望むも結果は5着。
そして豊との関係は僅か4戦で解消となった。
08年夏。
ドリジャは「運命の人」池添を鞍上に迎える。
再起をはかった夏の小倉記念。
見事、復活の1着。
続く朝日CCも勝ち、連勝で秋天へ。
ここでは力及ばず10着も有馬記念は見せ場充分の4着の好走。
クラシックの脇役は最良のパートナーを得て、翌年への手ごたえを強く感じさせた。
09年、ついにドリジャの年が始まる。
初戦こそ落としたものの中山記念で実力の片鱗を見せ2着。
続く大阪杯では1着。
これからの活躍を感じさせる1戦だった。
そして春天3着を経て、迎えた宝塚記念。
ここでドリジャは1着となり、初戴冠を遂げる。
さらにはこの年の有馬記念でブエナビスタを退け、グランプリ連勝!
まさに絶頂であった。
しかし…活躍はこれ以上続かなかった。
脚部の不安にも悩まされ、10年以降は全く勝てなくなった。
引退までの6戦、オールカマーの2着が最高着順であり、あとは惨敗…。
この間、弟オルフェーヴルの活躍もあって、入替るように引退となった。
『闘争心がなくなった』
池江師のコメントにあるように、もう走りたくなかったのかもしれない。
「あとは弟に任せるよ」そんな言葉でも似合いそうな引き際であった。
種牡馬としてのドリジャにはどんな展開が待っているか?
フライト&タキオン兄弟と比較されそうだが、こちらは兄の引退が先。
父ステゴも高齢になっているし、種牡馬としての需要はあるはず。
まずは弟が参入してくるまでの間に土台を固めておくのが肝要か?
新たな「旅路」は始まったばかり。
これからの活躍に期待したいところだ。