今日、4月21日は母福78回目の誕生日となるはずでした…。
残念ながら母福はこの日を迎えることなく、父福のもとへ旅立ちました。
体の酷い不調を訴えたのは昨年の夏。
浦安の総合病院で診察してもらったところ「癌」の可能性が極めて高いとのことで、すぐ専門医を紹介されました。
専門医に行き、すぐに検査入院。
結果はやはり「癌」でした…。
それも「膵臓癌」で、すでに肝臓に転移しており、進行度合いで言えばSt4…。
もはや手術や放射線治療ができる状態ではありませんでした。
残る道は抗がん剤治療。
ところが専門医から告げられた一言は…。
「年令や体力的なことから抗がん剤は厳しい」
「抗がん剤の使用で反動が出る可能性が高い」
「抗がん剤を使用せず、緩和ケアを勧めます」
とのこと。
つまり癌治療は全く行わず、QOLのために余命を過ごしては?という提案。
…正直、この提案を受け入れることに時間がかかりました。
「癌」に対して「闘病」する権利すら得られないってことですから。
ただ医師から「半年は厳しい」との余命を伺い、最終的には緩和ケアの選択を行いました。
この間が約1か月。
治療もしてもらえず、痛み止めの薬を服用するだけで自宅で横になっている母福の姿。
最初は電車で専門医を訪れましたが、このときは歩くのもままならない状態…。
「癌」が一日毎に進行していくのを感じました。
緩和ケア目的の入院は二度と退院できないことを意味しています。
そのことを承知した上で母福は「入院」を希望。
専門医では緩和ケアは行わないとのことで、ここからまた病院捜し。
幸い自宅から徒歩10分の旧知の病院が緩和ケア目的の入院受け入れを行っていました。
専門医から紹介状を書いてもらい、諸手続きを経て9月下旬に入院となりました。
入院後、姫福の献身的な看護もあってよく頑張ってくれました…。
この間、多くの親戚、友人知人が見舞いに訪れ、元気なうちにお別れする時間も充分取れました。
最後の方は意識も無くなり、姫福とともに3人の時間が静かに過ぎていきました…。
入院して約2ヶ月半。
最後は看取られながら旅立ちました。
痛がることも苦しむこともなく…。
穏やかな横顔でした。
きっと今頃は先に逝った父福と仲良くダンスでもしていることでしょう。
残念ながら母福はこの日を迎えることなく、父福のもとへ旅立ちました。
体の酷い不調を訴えたのは昨年の夏。
浦安の総合病院で診察してもらったところ「癌」の可能性が極めて高いとのことで、すぐ専門医を紹介されました。
専門医に行き、すぐに検査入院。
結果はやはり「癌」でした…。
それも「膵臓癌」で、すでに肝臓に転移しており、進行度合いで言えばSt4…。
もはや手術や放射線治療ができる状態ではありませんでした。
残る道は抗がん剤治療。
ところが専門医から告げられた一言は…。
「年令や体力的なことから抗がん剤は厳しい」
「抗がん剤の使用で反動が出る可能性が高い」
「抗がん剤を使用せず、緩和ケアを勧めます」
とのこと。
つまり癌治療は全く行わず、QOLのために余命を過ごしては?という提案。
…正直、この提案を受け入れることに時間がかかりました。
「癌」に対して「闘病」する権利すら得られないってことですから。
ただ医師から「半年は厳しい」との余命を伺い、最終的には緩和ケアの選択を行いました。
この間が約1か月。
治療もしてもらえず、痛み止めの薬を服用するだけで自宅で横になっている母福の姿。
最初は電車で専門医を訪れましたが、このときは歩くのもままならない状態…。
「癌」が一日毎に進行していくのを感じました。
緩和ケア目的の入院は二度と退院できないことを意味しています。
そのことを承知した上で母福は「入院」を希望。
専門医では緩和ケアは行わないとのことで、ここからまた病院捜し。
幸い自宅から徒歩10分の旧知の病院が緩和ケア目的の入院受け入れを行っていました。
専門医から紹介状を書いてもらい、諸手続きを経て9月下旬に入院となりました。
入院後、姫福の献身的な看護もあってよく頑張ってくれました…。
この間、多くの親戚、友人知人が見舞いに訪れ、元気なうちにお別れする時間も充分取れました。
最後の方は意識も無くなり、姫福とともに3人の時間が静かに過ぎていきました…。
入院して約2ヶ月半。
最後は看取られながら旅立ちました。
痛がることも苦しむこともなく…。
穏やかな横顔でした。
きっと今頃は先に逝った父福と仲良くダンスでもしていることでしょう。
誕生日とは祝いの日ではなく感謝の日だと聞いた事があります。
誕生日にこそ、殿福さんと姫福さんと若福くんが母福さんとの楽しい思い出を話してあげれば、母福さんの優しい笑顔はいつもそばにいてくれますね。
母福さん、世界一幸せなお誕生日おめでとうございます。