ねっとわ〜く

趣味の世界、日々の雑感を思いのままに

私的名馬館

紡がれる糸

クラカンパネラ

父 カネツフルーヴ
地方 82戦6勝

フルーヴ産駒唯一の牝馬、クラカンちゃんが抹消されました。
最後の出走から一年がたっていますし、07年生まれの高齢牝馬です。
まだ走れそうな気はしますが、抹消は自然の流れでもあります。

問題はこの後…。
はたして「血の糸」は紡がれていくのかどうか💧
母のクラマサシャトルは非常に子だしがよく、特に弟のクラトイトイトイは今年の黒潮杯に出走しています。
母の後継繁殖にしませんか (・・?💧

カネツパワー、ブラゾーハリーの高齢牡馬2頭の引退をもってフルーヴ産駒は競馬界から姿を消します。
唯一、血脈を次代に受け継ぐ資格があるのがクラカンパネラ。
ただ…中央馬でもなく、勲章もない、良血でもない本馬がはたして「繁殖馬」になれるのかどうか…。

「引退した馬のその後は追わない」

このことは競馬ファンなら「暗黙のルール」として理解している事。
ブログを通してですが、現在までフルーヴ産駒全ての成績を見守ってきたのは、自分ただ一人と思っています。
最後をみとる形がどのようになるのかまだわかりませんが、「その日」が近いことは事実。

「ブラッドスポーツ」と呼ばれる競馬界で「血脈」が受け継がれていくことは難しいことです。
フルーヴの「血脈」も時間とともに消えていくのが摂理です。
ただ3年後、あるいはその後に「母父カネツフルーヴ」という一文に出会えたとしたら…。
それは、「奇跡」です。
「血の糸」が紡がれる「奇跡」に出会えることを心から願っています。

クラカンちゃん、お疲れ様!!

韋駄天、逝く…。

アンバルブライベン

通算28戦8勝

主な勝ち鞍
・シルクロードS
・京阪杯

別れは突然やって来た…。
15年度サマースプリントに向けてフジワラファームで放牧中であった彼女。
信じられないことに重度の疝痛に見舞われ、いきなり旅立ってしまったのだ。
ブログでも「今年は追っかける!!」と宣言し、ずっと活躍を見守ってきた。
いつかはGIに届くかもしれないと思っていた「夢」は幻に終わった…。

田中健とのコンビは近年の乗り替わりの多い競馬界に於いて稀有な存在であったと思う。
5戦目から乗替った田中健、その後23戦全ての手綱をとった。
けっして乗鞍に恵まれていた騎手ではない。
しかし彼女の手綱だけは渡さなかった。
京都、阪神はもちろん小倉、中京、中山、福島、新潟そして函館。
彼女の行くところ必ず田中健が寄り添っていた。
…「物語」はまだ途中のはずだった。

京阪杯で初めて重賞を制覇したとき、この先の未来が開けた気がした。
父ルールオブロウ、母チェリーコウマンという実に地味な血統(汗)の馬である。
しかし「勲章」を手に入れたことで、繁殖としての第2の馬生も新たに用意されていたはず…。

ところが……である。
…「競馬の神」は時として残酷だ…。

ナベ彦&トップロードとか武士&トウショウナイトもしかり。
一流とは呼べない騎手と絆で結ばれた馬の物語が私は好きなのである。
だから本当はこの「物語」をまだ追い続けていたかった。

こんな個性的な牝馬にはもう会えないのかもしれない。
外連味の無い「逃げ」で真っ向から自分の走りを貫き通した馬、アンバルブライベン。
その類稀なるスピードで一気に天まで駆け上がったか…。

合掌…。

神の馬、召される…。

無敗で欧州3冠を制した「神の馬」ラムタラが天に召された…。
ドバイの競走馬管理団体・ゴドルフィンのホームページで発表、22歳だった。

ラムタラは1994年に競走馬としてデビュー。
初戦を制した後、翌95年の英ダービーに休養明けで挑戦し、見事優勝を飾る。
続くキングジョージ・凱旋門賞を制し、1971年のミルリーフ以来、史上2頭目の欧州3冠を達成した。
「神の馬」「奇跡の馬」と称され、4戦4勝の無敗の戦績で引退した。

衝撃が走ったのは、その後の出来事。
当初、英国で種牡馬入りしたが、96年に3000万ドルで破格値で日本の生産者団体が購買。
この時中心となったのが日高地区で、繋養先もユニオンゆかりのアロースタッドだった。
時はまさにサンデーサイレンスの独壇場であり、社台王国に待ったをかけるのではないかと期待された…。
しかし…結果は皆様ご存知の通り…
期待されたほどの成績は挙げられず、2006年に英国に24万ドルで買い戻された。
その後はニューマーケットのダルハムホールスタッドで余生を送っていた。

タラ、レバは禁句ですが、もしラムタラが成功したなら、生産界はもっと面白くなっていたでしょう…
結局、残ったのは借金ばかりで、廃業した牧場や倒産した金融機関は枚挙に暇がない状況でしたし

ちなみに代表産駒は何になるかチェックしてみた…
なんと平場のJRA重賞勝馬は1頭しかいなかった…多分

何だと思います?
メイショウラムセス
(→富士S)

一応、BMSとしては天皇賞馬のダムールを輩出しているので、カッコがつきますが…

母シェアもそうですが
ゴールデンメイン
ハーマジェスティ
カサロス
インビジブルタッチ
何となくウニ馬が目立つのは気のせいかな

貴重な欧州の血脈ですし、細々とでもいいので血を伝えていってほしいものです。

…合掌。

父、子、そして…。

トウカイテイオー

通算12戦9勝
GI 4勝
 ・皐月賞
 ・日本ダービー
 ・ジャパンカップ
 ・有馬記念

とうとう…逝ってしまった…。
父ルドルフが逝去して、いつかはこの日が来るとは覚悟していた。
でも…少し早すぎるよテイオー(泣)
父は30歳で召されたけど、君はまだ25歳なんだよ。

大好きな馬でした。
「馬ぬい」も、2L、L、S×2、リュック、キャッチャー物、キーホールダー…。
各種、取り揃えてあります。

社台SSにも二度、会いに行きました。
府中にやって来た時も、もちろん会いに行きました。
AR杯は眼中になく、そばで見るために長い列に並びました。
間近に見る貴方の、その凜とした姿に感動しました。

印象に残っているレース…。
月並みだけれど、やはりJCと有馬。
JCでは、生まれて初めて競馬観て泣いた…。
有馬では、その凄さに体が震えた…。
そして引退…、正直、ホッとした。

引退後、種牡馬としての成績はいまひとつ。
GI馬を輩出しても、後継馬には恵まれなかった。
でも近年は、Private種牡馬として、大切に扱われていましたね。
今年も直前まで種付けを行っていたと聞いています。
2歳馬ではトウカイレジェンドの評判が良いとか。

「サードステージ」

産駒からこの馬が誕生するのは、競馬ファンの「夢」
可能性は僅かとはいえ、「0」ではない。
残された産駒に課せられた「夢」を追い求めます。

大好きだったトウカイテイオー。
もう会えないのは寂しいかぎりです。
でも貴方の神々しいまでの姿。
けっして忘れないよ!

トウカイテイオー

テイオー


行く河の流れは絶えずして…

拝啓、フルーヴ様

知りませんでした。
すでに半年も経つのですね。
あなたが、人知れず、ひっそりと、旅だってから…。
平成24年9月30日
享年15歳。
その走りが如く。
一気に駆け抜ける、馬生だったのかもしれません。

あなたのお陰で、私は一口馬主の全ての醍醐味と喜びを経験できました。

特別レース勝ち
クラシックに参戦
トライアルで出走権
皐月賞に出走
レコード勝ち
そして、GI制覇

重賞は4つも勝ってくれました。
帝王賞は目の前での勝利だっため、ゴール前は絶叫(笑)
ゴール後は膝が震えだしました。
おそらく、あれほどの興奮はもう二度と味わえないでしょう。
京都都ホテルでの祝勝会も良い思い出です。
会社には、『都ホテルで祝事がある』と言って休んじゃったし。
(嘘は言ってない)
楽しかったなぁ…。

川崎記念は希少な母子制覇でした。
母ロジータの影響で、『ロジータの息子』を連呼されてました。

ダイオライト記念。
完勝でした。
自身が作り出したレコードタイム…。
このタイムは破ることができないのでは?と思っています。

オグリキャップ記念
大逃げを通り越して、あれじゃバカ逃げ。
『後ろからは、なぁ〜んにも来ない!』
そのくせ、ゴール後にコケるし(苦笑)

引退後もあなたは夢の続きを見させてくれましたね。
種牡馬として、子供達を送り出してくれたこと。
けっして恵まれた環境や条件ではありませんでした。
でも送りだした子供達は元気に競馬場で走っています。
まだ2世代も残っています。
中でもクラカンパネラは貴重な牝馬として、あなたの血を次世代に伝える役割を担います。
ブラゾーハリーは産駒のエースとして、まだまだ活躍が見込めますよ。
2歳のダイリンカザンはすでに佐賀競馬で登録されています。

…子供達の活躍は最後まで見届けます。
安心してください。

フルーヴ、『夢』をありがとう。
敬具


…合掌。

母アローム

エリ女を制したレインボーダリア。
母のアロームは実は思い入れのある馬です。
元々、白井牧場で繁殖入りした本馬は、ユニオンと繋がりが深い馬です。

初仔のヒダカプロテクター(95年産)はダートが滅法強かった。
通産7戦5勝、準OPを連勝し、いよいよ重賞挑戦となった。
ところが…最終追い切りで故障し、そのまま逝去した不運の馬だった
続いてユニオンでは
ハンサムユース
アスール(1勝)
が募集。
とにかくクズがでない隠れた名牝だった。

その後、アロームは白井牧場から大栄牧場に異動となる。
嬉しいことに、今度はローレルで産駒が募集されるようになった。
その最初の産駒こそ、我が愛馬のフローネ。
ズバリ、牝系で狙った馬だった。
03年産のタキオン産駒の栗毛馬は2勝をあげ、楽しませてくれた。
翌年の産駒のフェスティヴマロンはクラブで募集はされなかったが、3勝をあげ活躍した。
以後、ローレルでは
キアーロ(3勝05年産)が募集されている。

レインボーダリアは07年産で、どうやら最後の活躍馬となりそうな気配。
というのも、産駒は2歳で最後らしく、ダリア以後の産駒が勝ちあがっていないのである。
後継牝馬はどの馬になるのか…。
ダリアより一足早く繁殖あがったフローネ。
今年、初産駒がローレルにラインナップされた。
父49sサン、松永昌厩舎
牡・800万200口
活躍してくれることを願っている。

ちなみに母シェアエレガンスはヒルノダムールの母として著名になったが、他の愛馬は…

ペルルノワールはゴルアの牝馬を無事出産

ローレルポラリスは期待と裏腹に活躍馬がいまだに現れない
一応、11年産サウス、12年産BTの牝馬が誕生しているので、期待したいところ

出資馬の産駒で夢の続きを見ること…
やっぱり一口は楽しいもんですね

皇帝の旅立ち

シンボリルドルフ

七冠馬
16戦13勝

競馬ファンなら誰もが一度は考えること。
それは「最強馬」は誰なのか?ということ。
ディープインパクト?
ナリタブライアン?
古くはマルゼンスキー、シンザンだって…。

私の場合はシンボリルドルフ。
時代が変わり、状況が変化していっても。
最強馬はルドルフなのだ。

84年に8戦全勝で史上初の無敗3冠馬となったシンボリルドルフ。
当時、私は高校生であり、まだ競馬の「け」の字も知らなかった。
ただ、クラス内にすでに競馬好きのヤツがいた(笑)
彼は三冠馬となったルドルフがいかに強いかを吹聴していたため、記憶に残った。
翌年、シービーやカツラギエースとの対決で結果を残していくルドルフ。
馬券こそ買わなかったが、ルドルフの圧倒的な強さは、私の中で深められていった。
まさに“皇帝”の愛称がふさわしい名馬だった。

大学生になり、競馬に本格的に嵌っていく。
すると、当然ルドルフに行き着く。
現役時代のレースを改めて見て、その凄さにまた驚く。
「最強馬」はルドルフなのだ、と自分の中で確信したのはこの頃だったと思う。
そして岡部幸雄の『ルドルフの背』もしっかり読破した(笑)

現役引退後は北海道門別町のシンボリ牧場にて種牡馬として供用。
種牡馬引退後は千葉県成田市のシンボリ牧場で繋養された。
とはいっても種牡馬引退後も登録を抹消しなかったのは有名な話だ。
門外不出、シンボリの至宝とまで言われたルドルフ。
昨年、唐突にルドルフが競馬場に登場する。
まさに「競馬界の常識」ではありえない出来事だった。
今思えば、最後の勇姿を披露する場だったのかもしれない…

産駒としてはトウカイテイオーに尽きるだろう。
一子相伝とも言うべきルドルフの血。
その血はテイオーに確かに受け継がれた。
しかし…その後が続かない。
産駒のGI馬は牝馬、セン馬にダート馬。
SS系血脈が主流の時代となる。
いつしか種牡馬となったテイオーも「private」という括りに入る。
現状、テイオー自身も高齢となったため、後継馬は誕生しないかもしれない。
願わくば…皇帝の血、帝王の血を受け継ぐ勇者に現れて欲しい…。

最強馬ルドルフ!
汝は天駆けるペガサスとなり、これからも輝き続けよ!

さらば!愛しのネズミ

セイウンスカイ

主な勝ち鞍
・皐月賞
・菊花賞

16日、また1頭の馬が天に召された。
この馬の名はセイウンスカイ。
晩年こそ芦毛らしい白色の体になっていったが、デビュー時は芦毛というより灰色。
殿福家はこの灰色馬を愛着を込め『ネズミ』と呼んでいた…。

ネズミの主戦騎手と言えば横山だが、デビューから3戦は徳吉が主戦を勤めていた。
(この事実を知る者は少ないと思う)

実はネズミのデビュー戦は現地で直接観ている。
何故なら、そのレースにカーリスマイルという愛馬が出走していたから。
父カーリアンの外国産馬は期待の馬であり、鞍上蛯正からもまさに期待の一戦であったのだ。
ところが…勝ったのは徳吉騎乗の灰色馬。
5人気を余所に2着以下を大きく離すで圧勝であった…
こちらはレース中の骨折による最下位…
意気消沈するとともに、ネズミの勝利が強く印象に残った一戦だった。

ネズミはこの後、OPを勝ち二連勝で弥生賞へ。
弥生賞ではダービー馬となるSWの後塵を拝して2着。
徳吉の夢はここで終わることになる…。
皐月賞では新たなパートナー横山に導かれて、見事1着!
父シェリフズスターという地味な馬はクラシック制覇という偉業を成し遂げた。

ネズミが最高に輝いた瞬間、それは菊花賞。
正攻法の逃げで他馬に影すら踏ませず、見事にレコードで駆け抜けた。
ただ…栄光のGIはもこれが最後であった。
翌年の札幌記念を勝ったネズミは秋天へ1人気でのぞむ。
しかし…ここで不可解な敗北。
加えて故障が発覚。
輝く時は…二度と訪れなかった…

引退後、種牡馬となったネズミ。
しかし非社台系の西山ブランドの本馬。
しかも地味の極みのような血統…。
成功の可能性は限りなく低く、事実結果も予期された通りであった。
程なく種牡馬を引退し、功労馬として余生を過ごしていた中での事故…。
寂しい限りである…。

報道により知ったことであるが、ネズミの種牡馬登録は抹消されていなかったとのこと。
最後まで種牡馬登録を残しておいたのは、西山牧場最大の功労馬に対する『敬意』なのかもしれない…。

ネズミ、冥福を祈る。


夢の旅路はまだ続く

ドリームジャーニー

31戦9勝
有馬記念、宝塚記念
朝日杯FS
大阪杯、神戸新聞杯
小倉記念、朝日CC

『ドリジャ』の愛称で親しまれてきた。
この小柄な牡馬は、父ステイゴールドの名を大きく高めた孝行息子。
とはいえ、クラシック戦線は脇役の域を抜けることができなかった。

デビューから7戦目のダービーまで主戦は蛯名。
当初、朝日杯を勝つなどクラシックの主役はこの馬かと思われていた。
しかし…皐月8着、ダービー5着と結果は不本意なものであった。

ひと夏越えて秋。
鞍上には武豊がいた。
神戸新聞杯を快勝後、満を持して菊花賞に望むも結果は5着。
そして豊との関係は僅か4戦で解消となった。

08年夏。
ドリジャは「運命の人」池添を鞍上に迎える。
再起をはかった夏の小倉記念。
見事、復活の1着。
続く朝日CCも勝ち、連勝で秋天へ。
ここでは力及ばず10着も有馬記念は見せ場充分の4着の好走。
クラシックの脇役は最良のパートナーを得て、翌年への手ごたえを強く感じさせた。

09年、ついにドリジャの年が始まる。
初戦こそ落としたものの中山記念で実力の片鱗を見せ2着。
続く大阪杯では1着。
これからの活躍を感じさせる1戦だった。
そして春天3着を経て、迎えた宝塚記念。
ここでドリジャは1着となり、初戴冠を遂げる。
さらにはこの年の有馬記念でブエナビスタを退け、グランプリ連勝!
まさに絶頂であった。

しかし…活躍はこれ以上続かなかった。
脚部の不安にも悩まされ、10年以降は全く勝てなくなった。
引退までの6戦、オールカマーの2着が最高着順であり、あとは惨敗…。
この間、弟オルフェーヴルの活躍もあって、入替るように引退となった。

『闘争心がなくなった』
池江師のコメントにあるように、もう走りたくなかったのかもしれない。
「あとは弟に任せるよ」そんな言葉でも似合いそうな引き際であった。

種牡馬としてのドリジャにはどんな展開が待っているか?
フライト&タキオン兄弟と比較されそうだが、こちらは兄の引退が先。
父ステゴも高齢になっているし、種牡馬としての需要はあるはず。
まずは弟が参入してくるまでの間に土台を固めておくのが肝要か?

新たな「旅路」は始まったばかり。
これからの活躍に期待したいところだ。

『ありがとう…』

オグリキャップ

父・ダンシングキャップ
母・ホワイトナルビー

訃報に接した時、残念でならなかった。
ファンに強烈な印象を与えた馬。
昭和末期から平成にかけてターフを駆け抜けた馬
それがオグリキャップだった。

地方競馬笠松出身の彼。
その活躍はたちどころに人々の知るところとなり
ハイセイコー以来のアイドルに祭り上げられた。
時代は空前の「競馬ブーム」を迎え、
彼に対する報道はある種の「社会現象」となっていった。

「ぬいぐるみ」になった馬は彼が最初。
私もなかなか入手ができず、結局、新宿三越でゲットした。
ドラマ、CD、果てはCM出演まで、人気は留まるところを知らなかった。

何故、彼はここまで人々に支持されたのか。
おそらく地方出身の彼が中央に殴りこみ活躍する姿に…
等身大の自分を重ね合わせた人が多かったからではないだろうか。
「自分だって頑張ればできる」
「チャンスがあれば這いあがれる」
「オグリに励まされた」
「オグリに勇気、元気をもらった」などなど…。
たかだかサラブレッド1頭。
されどサラブレッド1頭である。
いわゆる「オグリ世代」と称される(私も含む)人々にとって、
やはりオグリは特別な馬だったのだ。
彼が昨年、府中に凱旋した際の入場者は5万人。
レースそっちのけで一目、オグリを見るために並んだ列は500m。
子連れも目立った。
インタビューで涙ぐむ人もいた。
「今生の別れ」と地方から来訪した人も少なくなかった。
これは昨今のディープインパクトの時とは明らかに異質のものである。

彼の走り。
それは「魂の走り」とも言うべきものであった。
距離、コース、ローテ、馬場も不問。
府中じゃなきゃ駄目とかそんな我儘はなかった。
クラシック登録がない故、出走できず古馬に交じって出走。
馬主の脱税や騎手の変更、連闘でのGI出走。
ありとあらゆる逆境にめげず、ひたすら走りぬいた馬。
そして側で支えていた故・池江厩務員との絆。

オグリの走りには、今の競馬にない数々の「ドラマ」があった。
個人的には有り得ない位置から差したマイルCSがいちばん印象に残っている。
武骨な南井を男泣きさせた馬。
「彼には『借り』がある」と言わしめた馬。
だから等身大の自分を重ね、素直に応援できたのかもしれない。
ラストラン…それは神様がくれたご褒美だったんだね。

JRAの『ヒーロー列伝』のポスター。
オグリのは近来、稀にみる秀逸な作品である。
去りゆくオグリの姿を後ろから捉え
『ありがとう』の一言。
そう…この一言がすべてであろう。
オグリキャップという男を語る時、
すべてはこの言葉で集約されるのだ。

だから私も最後にこの言葉で締めようと思う。
オグリキャップよ『ありがとう…』。

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殿福

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