3月11日…。
3年前のあの日、殿福は偶然にも自宅にいました。
普段なら絶対に会社にいて、おそらく帰宅できず社泊。
その後も大変な状況になっていたと思います。
→事実、会社は大変な混乱状況でした。
幸いなことに母福も在宅。
姫福とともにすぐに安全確保とその後の対応が取れました。
その後に発覚する東北の状況…。
石巻の叔父夫婦は幸運にも存命でしたが、当時は行方不明。
情報が全く入ってこず、半ばあきらめている部分もありました。
叔父夫婦は結局、息子夫婦を頼って相模原に移住。
故郷の石巻には戻れなくなってしまいました。
震源地近くの牡鹿半島は母福の生地でした。
鮎川、女川、渡波など耳になじみのある地名が報道される…。
後でわかったことだが、大原(→母福の生地)の住民の多くは高台に避難していた。
そのため亡くなられた方こそ、他の村より少なかったようですが…
村は…ほぼ消滅していました。
津波の爪痕は想像を絶していた…。
馴染みの仙石線がコロンとひっくり返っている様子。
見ていて切なかった。
東北の復興はまだ途上。
少しずつ少しずつ…まだまだ時間はかかる。
でも着実に進んでいる様子は報道などで耳にする。
「三陸の牡蠣」が出荷されるようになったことはその最たる例。
母福はたまにふと、言葉を漏らす…。
『いつか、行ってみなきゃと思うんだけどさ…』
『…まだ、行く勇気がないねぇ…』
もう少し、時間が心の傷を癒してくれたら…
今度はルディも連れて、みんなで行きたいです。
3年前のあの日、殿福は偶然にも自宅にいました。
普段なら絶対に会社にいて、おそらく帰宅できず社泊。
その後も大変な状況になっていたと思います。
→事実、会社は大変な混乱状況でした。
幸いなことに母福も在宅。
姫福とともにすぐに安全確保とその後の対応が取れました。
その後に発覚する東北の状況…。
石巻の叔父夫婦は幸運にも存命でしたが、当時は行方不明。
情報が全く入ってこず、半ばあきらめている部分もありました。
叔父夫婦は結局、息子夫婦を頼って相模原に移住。
故郷の石巻には戻れなくなってしまいました。
震源地近くの牡鹿半島は母福の生地でした。
鮎川、女川、渡波など耳になじみのある地名が報道される…。
後でわかったことだが、大原(→母福の生地)の住民の多くは高台に避難していた。
そのため亡くなられた方こそ、他の村より少なかったようですが…
村は…ほぼ消滅していました。
津波の爪痕は想像を絶していた…。
馴染みの仙石線がコロンとひっくり返っている様子。
見ていて切なかった。
東北の復興はまだ途上。
少しずつ少しずつ…まだまだ時間はかかる。
でも着実に進んでいる様子は報道などで耳にする。
「三陸の牡蠣」が出荷されるようになったことはその最たる例。
母福はたまにふと、言葉を漏らす…。
『いつか、行ってみなきゃと思うんだけどさ…』
『…まだ、行く勇気がないねぇ…』
もう少し、時間が心の傷を癒してくれたら…
今度はルディも連れて、みんなで行きたいです。